自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

55 テッキョ

f:id:yuta7watanabe:20180917040156j:image

ドラム缶。

ゴミ捨て用のものだ。

家の前に設置されていたが、撤去されてしまった。

 

f:id:yuta7watanabe:20180917040244j:image

撤去の理由は、ほぼ毎日、ドラム缶が倒れていて、散らかっていたせいだろう。

 

起こしたら分かるけど、中身が入ってるドラム缶は普通だったら倒れない重さである。

 

何かの力が加わらないと倒れない。

 

朝に袋に入れて捨てたものが、帰ってくると袋が破られて、中身が出されていることが毎回のことだった。

 

見かけたことがあるのは、子供がゴミをあさっているところ。

その時は、ペットボトルを集めていた。

 

セネガルの人のほとんどは、外にゴミを捨てるので、ドラム缶に捨てるのは、私たちのような外国人など限られた人というのがあさる理由かもしれない。

 

たまたま家の前にあったドラム缶は、街中で見かけない。知っているのは2ヶ所だ。

 

ゴミをあさられることは、いい気持ちがしない。

ゴミをあさって、生活している人が日常的にいることも、いい気持ちがしない。

その背景には、貧困問題があるからだ。

子供達があさるということに、考えされられる。

 

セネガル全体に言える事だけど、教育とも大きく関わっている。

 

日本でもゴミについての学習を社会で行う。

日本では、そこら中にゴミが広がっているということはないから、ゴミの存在が見えなさすぎて、ゴミに関心があまり向かないのが自然なことだ。

セネガルで生活し始めてから、ゴミが目につくので、考えるようになった。これも、自然なことだ。

 

ドラム缶は撤去された。

散らからなくなったのは、家の前だけ。

その他の場所に、分散するだけ。

 

ゴミは、歩いていれば、そこら中に広がっている。

 

心の中で、ずっと関心ごとになっている、ゴミのこと。