自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

218 私の番

生活をしていると、当たり前の基準が違うことがあります。

 

「割りこみ」

 

物を買おうとして待っているとき、明らかに私が先にいたのに、隙間から割りこみしてきます。

その人がマナー違反ということじゃなくて、どこでも起きているし、何回も起きていること。

日常茶飯事です。

 

ぼうっと立っていると、いつまでも自分の番が回って来ないので、

「私の番!」

と主張する必要があります。

 

明らかに順番を抜かれた時は、

「私の番!」

と相手に声をかけます。

 

順番を守らなきゃいけないという当たり前がありません。

これは事実、小学校で、「順番を守る」という価値が大切にされていないことから分かります。

 

子供たちが先生にノートを見せるという時に、

みんなが一気に群がります。

「列をつくる」という感覚をもっていないのです。

 

「列を作って!」

と言っても、なかなか列を作ろうとしません。

何度も言うと、やっとこさ列を作ります。

 

しばらく経つと、

できた列の中で、割りこみ合戦が始まります。

 

見ていると、力が強いものが前へ割りこんで、弱いものが後ろに回されるという構図です。

これを見ていつも思うのは、

「弱肉強食」

です。

 

それと同時に思うのは、

「日本の順番を守る姿を見たら、どう思うんだろう。」

ということです。

 

「列を作って!」

と言うのは、いつも私です。

 

先生もセネガルで生まれ育っているため、そのような指導はしません。

 

 

自分だけもっている「順番を守る」という価値、

周りはもっていない「順番を守る」という価値。

 

圧倒的少数派に属しています。

 

正しいと思って主張しているのが自分だけなので、あべこべの世界にまぎれこんだ感じがします。

 

「順番を守るのが良い!」が、半数を越すくらいの人の価値になったときに、やっと世間が逆転するのだと思います。

今の状態だと、私のような少数派が我慢をすることで釣り合いが取れています。

 

これは、「割りこみ」だけじゃなく、何のことでも当てはまることだと思っています。

 

付け足しで思ったこと。

 

同時に人が並んだ時に、日本だったら…と考えると、

「相手に譲る。」

「じゃんけんして先に並ぶ方を決める。」

ことが多いだろうと思いました。

 

 

セネガルの小学校では、

「押して強い方が残る。」

「隙間に体が入れば、体の入ったもん勝ち。」

です。

 

比べてみると、日本は平和的解決をのぞむ人が多いかなと思いました。

比べてみると、セネガルの子供は、やんちゃでタフです。

 

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壁づたいに走るネズミのような存在を見つけたので、こちらも走って何者かと確かめに近づきました。

 

近くにいくと、その動物は丸まりました。

正体は、ハリネズミでした。

 

じっと丸まって動きませんでしたし、ちょっと持ったところで動きませんでした。

少し離れて見守っても動かなかったので、そのままにして帰りました。

 

できれば顔を見たかった。

丸まってるうちはトゲトゲだから無敵。