自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

224 深い井戸

私の住む街は不安定ではありますが、水道、電気が通っている街です。

 

先日、電気がない、水道ではなく井戸の水を使っている集落へ行くことになりました。

 

井戸がある場所を訪れるのは、初めてでした。

 

そこは、砂漠の真ん中と木があるかないかくらいの違いの場所で、家が何軒かかたまっている小さい集落でした。

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井戸がありました。

その井戸の深さは、15m以上ありました。

そばに立って話をすると、その井戸の中で声が反響しました。

 

住民の家が、丘の上にありました。

井戸が、その丘の下にありました。

 

家と井戸の距離は、歩いて2、3分の距離でした。

 

水を使うには、行きは家から丘を降り、帰りは大きなバケツに入れて坂道を登って運ばなくてはなりません。

 

1回水を使うのに、相当な労力がかかることが見るだけで分かりました。

 

井戸からは、滑車で水を引き上げる仕組みになっていました。

1回引き上げるのに数分、大体3、4Lの水がくみ上げられると思います。

 

 

私は、初めて井戸から水を引き上げました。

ヒモで引き上げるため、かなり重いです。

正直な話、水を一回引き上げただけで、その水を浴びたり、飲み干したりしたくなるほどの運動でした。

 

井戸で誰かが水を引き上げると、毎回動物たちが寄ってきました。

牛とヤギがいました。

 

集落の人たちは、その動物たちのために何回も井戸から水を引き上げました。

動物たちも喉がカラカラなのです。

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動物は人を警戒して、普段は近くに寄り付きません。

ですが、水を引き上げた人が、容器に水を入れると、水に顔をつっこむほどすごい勢いで集まってきました。

人が近くにいることを気にするより、水の方が大事というわけです。

 

井戸は、砂地にあり、動物たちにあげる水と容器は何度も接触しているので、衛生面から見て厳しい環境でした。

くみ上げた水の色は濁っていて、私の感覚だと口にできない質でした。

 

坂を登った集落へ行くと、

家のわきに、大きな壺がありました。

そこにいた子供が、その壺から水をすくって、飲みました。

 

井戸から運んだ水を保存する用のつぼだと分かりました。

その水を子供たちは飲んで生活しているのです。

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この集落になぜ私が来たか。

それは、セネガルに来てから知り合いになった日本人の方の仕事の見学のためでした。

その方は、井戸のある集落に水道を作る仕事をしています。

 

この日、数年かかる水道設置事業の最終段階の仕事がありました。

井戸のある集落で水道の水が使えるようになる。その作業を見に来たのでした。

 

私にはその仕事がいかに大変なことで、住んでいる人にとってどれほど大切なことか目におさめることができました。

 

生きるためには、水が必要という当たり前だった感覚について考えた1日でした。