自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

227 ひさびさ

日本に帰ってきました。 ひさびさ!

1年9ヶ月ぶりです。

 

「お湯が出る!」

日本に来て感じたうれしいことの1つです。

友達に言ったら「なんだそれ?」みたいな共感が得られない反応でした。

 

持っている服を手洗いすると、なかなかの汚れが蓄積していることが分かります。

絞った水は、濁っています。

 

日本は、どこも明るい場所だらけです。

姿見にうつった自分の服は、色あせていました。

 

 

今は、ホテルで自己検疫(けんえき)中です。

 

あまり使ったことがない「検疫」という言葉。

大まかな意味は、「伝染病が広がらないように必要な処置をとること」です。

これを自分でします。

 

行動に対する細かな決まりはありません。

細かな部分は、自分で考えて行動することになっています。

 

「海外から帰国した人に対して敏感な人もいる。」という話を聞きました。

コロナのことが話題としてメジャーになった後、セネガルでも過敏な反応を示す人がある程度いました。

 

どこでも同じことだと思います。

その気持ち、分かります。

 

私は、今までマスクを積極的につけたことがありませんでした。

この状況なので、マスクは嫌でもつけて行動しています。 

 

 

人がどう思うか考えていきます。

 

 

「日本の飯は、何でも美味い!」

 

今は日本に対する「感動の伸び代」がとんでもなく大きくなっています。

以前は感じなかったことを感じるようになっています。

 

 

次の動きは、まだ未定。

しばし、事を静観して待ちます。

226 慣れる

「協力隊員の一時帰国が決定しました。」

とメールが流れてきたとき、

(とうとう来たか。)とショックでした。

 

その次の瞬間には、

(動かないと。)と、

諸々の手続きに向かってすぐに体が動き出しました。

 

私の場合、残りの任期が3ヶ月なので、 家、銀行、電気、水道の解約が必要でした。(活動が終わりと決まったわけではありません。)

 

全ての解約を終え、空っぽの家を後にして首都ダカールへ向かいました。

時間が限られていたので、お世話になった人にあいさつすら出来ていない状態です。

 

今日(20日)のフライトの予定で動いていましたが、航空便の欠航により断念することになりました。 

 

 

日本へ一時帰国することが決まってから、ふとセネガルでの生活を振り返っていました。

 

ここに来て、たくさんのことが初めてのことだったけど、1回受け止めて、慣れてきたんだなと思いました。

 

何ごとも慣れたら、余裕が生まれて視野が広がります。自分の出来ることが増えます。

 

今、先のスケジュールが見えない中、この状況に慣れて、出来ることを考えます。

今日は、首都でのホテル暮らしになりました。

 

 

今週は、あらゆる用事のため、街の中を行ったり来たりしてました。

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通りに面したこの広い土地には、毎年大量の落花生が積まれます。

 

一見、砂の山に見えますが、落花生の山です。

鳥がそれをつつき回っていました。

 

セネガルの落花生の消費はすごい量です。

「日本の何倍食うのだろう。」

とぼんやり考えていました。

225 海外に出るとき

セネガルに来てから、海外で暮らす日本人の人たちと会うことが増えました。

 

旅人、留学生、民間企業で働く人、インターンで働く人などです。

 

20歳の時の記憶を思い出しても、「海外で仕事をしたい」とか「海外の文化に興味がある」とか「外国語に興味がある」という感覚はありませんでした。

海外=旅行しに行く場所、くらいにしか考えていなかったはずです。

 

出会う人たちは、多くの場合、自分より若い年齢で海外へ来ています。

 

今、日本の小学校のうちから英語にふれる機会があるし、外国の生活について知る機会や調べる機会があります。

海外を意識するチャンスは増えています。

 

自分で海外を選んで、大学生などの若いうちから海外生活を送っている人はたくましく感じます。

自分で選んできているので、目的をはっきりもっている人が多いです。

そのような日本で会えない人たちから、刺激をもらっています。

 

私が海外に興味をもったのは、海外旅行でした。

その時、旅行へ行っていなかったら、今セネガルにいなかったと思います。

 

今、一時的に私の活動は、自分の家でできることに限られています。

 

コロナ対策のため、活動する小学校、教員養成校が休校となったからです。

国内全土でのことです。

 

もともと来週からセネガルでは春休みでしたが、その期間が1週間前倒しで始まる形となりました。

 

先の見えない状況ですが、自分のできることをして過ごします。

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動物たちはタフです。

日陰だけじゃなく、日向にもいるのは謎。

日陰にいたとしても過酷です。

 

ロバはじっと動かず、暑さをやり過ごしていました。

224 深い井戸

私の住む街は不安定ではありますが、水道、電気が通っている街です。

 

先日、電気がない、水道ではなく井戸の水を使っている集落へ行くことになりました。

 

井戸がある場所を訪れるのは、初めてでした。

 

そこは、砂漠の真ん中と木があるかないかくらいの違いの場所で、家が何軒かかたまっている小さい集落でした。

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井戸がありました。

その井戸の深さは、15m以上ありました。

そばに立って話をすると、その井戸の中で声が反響しました。

 

住民の家が、丘の上にありました。

井戸が、その丘の下にありました。

 

家と井戸の距離は、歩いて2、3分の距離でした。

 

水を使うには、行きは家から丘を降り、帰りは大きなバケツに入れて坂道を登って運ばなくてはなりません。

 

1回水を使うのに、相当な労力がかかることが見るだけで分かりました。

 

井戸からは、滑車で水を引き上げる仕組みになっていました。

1回引き上げるのに数分、大体3、4Lの水がくみ上げられると思います。

 

 

私は、初めて井戸から水を引き上げました。

ヒモで引き上げるため、かなり重いです。

正直な話、水を一回引き上げただけで、その水を浴びたり、飲み干したりしたくなるほどの運動でした。

 

井戸で誰かが水を引き上げると、毎回動物たちが寄ってきました。

牛とヤギがいました。

 

集落の人たちは、その動物たちのために何回も井戸から水を引き上げました。

動物たちも喉がカラカラなのです。

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動物は人を警戒して、普段は近くに寄り付きません。

ですが、水を引き上げた人が、容器に水を入れると、水に顔をつっこむほどすごい勢いで集まってきました。

人が近くにいることを気にするより、水の方が大事というわけです。

 

井戸は、砂地にあり、動物たちにあげる水と容器は何度も接触しているので、衛生面から見て厳しい環境でした。

くみ上げた水の色は濁っていて、私の感覚だと口にできない質でした。

 

坂を登った集落へ行くと、

家のわきに、大きな壺がありました。

そこにいた子供が、その壺から水をすくって、飲みました。

 

井戸から運んだ水を保存する用のつぼだと分かりました。

その水を子供たちは飲んで生活しているのです。

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この集落になぜ私が来たか。

それは、セネガルに来てから知り合いになった日本人の方の仕事の見学のためでした。

その方は、井戸のある集落に水道を作る仕事をしています。

 

この日、数年かかる水道設置事業の最終段階の仕事がありました。

井戸のある集落で水道の水が使えるようになる。その作業を見に来たのでした。

 

私にはその仕事がいかに大変なことで、住んでいる人にとってどれほど大切なことか目におさめることができました。

 

生きるためには、水が必要という当たり前だった感覚について考えた1日でした。