自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

156 ピン

今住んでいる街へ私が初めて着いたとき、自分を含め5人の日本人ボランティアが生活していました。

1月に隊員2人が帰国し、

7月に隊員2人が帰国したので、今、私1人だけになりました。

 

ピンです。

 

同じ任地に日本人が活動していると、いざという時に助け合いができます。

「蛇口がポキっとね」事件の時も、日本人がいたら、真っ先に頼っていたはずです。

 

同じ街に隊員が何人か生活していると、生活レベルが上がることがあります。

 

私の住む街ルーガでは、「魚」が売っている場所があります。魚市場です。

その魚はここで獲れた魚ではなくて、少し離れた海沿いの街で獲れたものです。

だから、ここに来るまでに鮮度が落ちているものが多いです。

今まで、魚は火を通して食べるということが基本でした。

 

この間帰国した隊員は、魚市場に何回も足を運んでいました。

通ううちに商人と仲良くなり、鮮度のいい魚の目利きができるようになり、鮮度のいい魚を売ってもらえるようになりました。

ある時、朝一で鮮度のいい魚を買って、刺身にすることに挑戦しました。

その隊員曰く、

「2年生活して、語学レベルが上がって、そこにいる人たちと関係ができたから、刺身を食べるところまでたどり着けた。」

という風に言っていました。

 

刺身を食べることができるまでには、人間関係が絡んでいたのです。

 

その刺身を食べましたが、本当に美味しいあじでした。

f:id:yuta7watanabe:20190719065100j:image

たくさんさばいたので、あじの「なめろう」を作りました。

それまた絶品でした。


f:id:yuta7watanabe:20190719065203j:image

f:id:yuta7watanabe:20190719065155j:image

f:id:yuta7watanabe:20190719065148j:image

日本でなめろうを一緒に食べた仲間たちを思い出しました。

 

前にいた隊員が築いたセネガル人との人間関係から生活レベルが上がり、知恵や工夫が引き継がれています。

 

人間関係のなごりが、まだまだ街に残っています。

タクシーの運ちゃんや子供など地元の人たちは、前にいた隊員の名前を口にすることがあります。

 

地元の人「〇〇は、どこにいるの?」

私   「彼は、もう帰ったよ。」

地元の人「〇〇は、セネガルに戻ってくるのか?」

私   「う〜ん。分からないなぁ。」

地元の人「◯◯とは、友達なんだよ。元気してるかな?」

 

日本人とのエピソードをする時、みんな笑顔で話をしてくれることが、私はうれしいです。

悪い話を聞きません。

過去にいた隊員がそれぞれ心がけてつくってきた「セネガルとのつながり」が、話の中にみえるのです。

 

知恵や工夫も人間関係も引き継がれてきたことなんだな、と感じます。

私もセネガルといい関係をつなぐ想いで、ピン生活を送っています。

 

来月に、新しい仲間が街へ来ます。

私が知っていることは伝えて、新しく生活を発展させていきます。

そして、セネガルとのいい関係も。

155 蛇口がポキっとね

夜23時。そろっと寝ようかなと思ってた時です。

何の気なしに、キッチンへ行きました。

 

夜はいつもゴキブリがキッチンへ現れます。

プチなので、いつも気になっていませんでした。

その日は、蛇口の上にゴキブリが這っていたので、

「そこはやめてよ。」

とつぶしにかかり、蛇口を軽〜くたたいた瞬間でした。

 

ポキッ

 

ジャーーー

 

その1秒後には、全身がびちょびちょでした。

大量の水が、噴水の横バージョンで吹き出してきたのです。

勢いが半端じゃありません。

 

蛇口を戻そうと思ったら、古くなった部分がポキっと折れていたので、付く可能性はゼロでした。

その間も、MAXの水が出ています。

その直径1.5㎝くらいの水が出ている水道に、ひとまず指をつっこんで止めました。

 

すごい水圧を感じ、同じ圧で押してないと、押し切られます。

何か指の代わりに「ふた」になるものを考えました。

(もらったばかりの、ワインのコルク栓があった!)

1回手を離して、それを取りにいきます。

離れている間、容赦なく、床にフルパワーで水がまかれていきます。

 

(頼むはまってくれ!) 

サイズはちょうどで、はまりました。

が、

水圧があるので、結局、私が押していないと、指と同じく吹っ飛ばされます。

押していると手が痺れてきました。

 

(このまま徹夜?さすがに無理よ)

と判断し、SOSをするため、大家さんに電話することにしました。

スマホは、はるか遠くに感じる隣の部屋にありました。

 

ほりゃ

 

手を離すと、弱いものいじめのように、またもや水をまき散らかされます。

 

スマホをゲットして、再び、コルク栓を水道にさしました。

片手で電話し、

「もしもし」

大家さんが電話に出ました。

 

「もしもし、こんな時間に何?」

「今!蛇口が壊れて、大量の水が出てる!」

「明日でいい?」

「今!今!」

「何でそんなことになる?何をしたんだ?」

「とにかく来て、助けて!」

「今、ちょうど寝るところだよ。」

「お願い、来て!」

「ちょっと待ってて。折り返すから。」

 数分後

「今、修理の人を部屋に向かわせたから。すぐ来るよ。」

「おぉ!ありがとうございます!」

 10分後。ピンポーン

「こっち、こっちー!入ってきてください!」

セネガル人が1人入ってきました。

「どした?」

「ここ!水が止まらない!」

「元栓止めてくるよ。」

戻ってきても、水は止まりませんでした。

「う〜む。こりゃ止まらないね。ふたになるものはないの?」

「他には、、無いです !」

キッチンの物を見回しはじめました。

なんと、ナイフとふきんを手に持ちました。

「そこどいて。」

水道の穴に、ふきんをナイフで奥に押していきました。

「もう1本ナイフない?」

「持ってきます!」

さらに、もう1本その穴に刺しました。

f:id:yuta7watanabe:20190716064459j:image

なんと、水は止まったのです。

f:id:yuta7watanabe:20190716064520j:image

こういうとき、セネガル人は心強いのです。

 

「明日の朝また来るから。新しい蛇口買ってくるよ。」

と去っていきました。

 

その場であるもので水止めをした修理屋は、お見事でした。

私には、想像できない方法でした。

 

翌日、修理屋が再び来てくれて、無事に新しい蛇口の取り付けが終わりました。


f:id:yuta7watanabe:20190716064614j:image

f:id:yuta7watanabe:20190716064606j:image


その次の日、第2の水道菅が壊れて、また水浸しになるのですが、

また修理屋に来てもらって、新しいパイプを付けてもらいました。


f:id:yuta7watanabe:20190716065001j:image

f:id:yuta7watanabe:20190716064953j:image

4日間の水との戦いに終止符を打ちました。

 

大量にあふれた水は、壁や床に染みこむこと、夜寝ている間、床の傾いている方へ流れて、他の部屋まで流れること、などが分かりました。

 

水が止まらないことが結構な恐怖だということが、身をもって分かった事件でした。

154 新境地

初めて、教員養成校で、講義をしました。

これは、自分にとって必要な一歩でした。


f:id:yuta7watanabe:20190712055622j:image

f:id:yuta7watanabe:20190712055529j:image

「ルーガ州教員養成センター」は、私の配属先です。

私は「養成校」と呼んでいます。

ここは、教員になる人のための学校です。

 

JICA(ジャイカ)ではボランティアという立場ですが、私は、養成校の職員として活動しています。つまり、ホームです。

 

セネガルでは、教員になるための試験が先にあります。

試験に合格した人が、養成校へ派遣されます。

 

養成校は、セネガルの地方ごとに、13ヶ所あります。

例年、全ての養成校が開校するのですが、今年は例外で、6つしか開校されませんでした。

 

私が住むルーガの養成校は、無事に開校されました。

今、300人の教員候補の学生が通っています。

 

去年の8〜9月の間、1ヵ月間だけ講義を見る期間がありました。

この時、講義を聞いていたのですが、何を言っているのか全く分からない状態でした。

ゼロでした。

私が学生の前で講義をするのは、ずいぶん先のことだと考えていました。

 

今も、講義を聞いていますが、以前に比べて、ほんのちょっとだけ話が分かるようになりました。文字通り、ほんのちょっとだけです。

それは、1、2、3学期と小学校へ通い、教育に関する言葉に少し強くなった分です。

 

大きく変わったのは、自分の考え方です。

前は、言葉がある程度話せなくては、学生の前に立つことはできない、と考えていました。

 

今は、変わりました。

言葉はぎこちなくても、伝えたいことをはっきりもっていれば伝わる、と考えています。

だから、講義のスライドを用意して、ジェスチャー使って、気持ち入れて、言葉はそこまで追っつかなくても、堂々と話すことができました。

 

講義するに当たって、協力者がいました。

それは、算数を専門に学生に教えているセネガル人講師の先生です。

私が話した後に、言葉を添えて、サポートしてくれました。

 

そして、学生のみなさん。

聞いているだけの講義ではつまらないので、参加型の講義。講義というか研修に近い形で行いました。

学生は、楽しんでいました。そして、自分も楽しめました。

 

終わったあと、一部の生徒たちと話しました。

「フランス語、聞きとれなかったでしょ?」

A「そんなことない、言いたいことがよくわかった。」

B「とても勉強になった、もっと算数のことを教えてよ。」

 

みんなのためにやった講義のはずなのに、私のためになっていました。

学生の声は、私にとって、大きな力になって、そして、やる気が出ました。

学生といっても、もはや仲間です。

 

3クラスあり、大きいクラスは100人近くいます。

f:id:yuta7watanabe:20190712061104j:plain
f:id:yuta7watanabe:20190712061233j:plain

新しい一歩が踏めたら、あとは、歩き続けるだけです。 

153 デムディック

私たちボランティアは、自分の住む任地から首都へ行くとき、「上京する」と言います。

上京する、という言葉は日本ではあまり使わなかったですが、こちらではよく使っています。

 

私の住むルーガ → 首都のダカール まで行くには、

狭いタクシーに揺られながら長時間耐える、という選択肢しかありませんでした。

 

最近になって、「高速バス」に乗って上京できるという情報を地元のセネガル人からキャッチしたので、その方法を実際に試してみました。

その結果、高速バスを使って、上京することが可能でした。

これはかなりうれしいこと!

上京するときの「楽さ」が全然違います。

 

高速バスの名は「DEM DIKK(デムディック )」です。完全予約制。

えんじ色の見た目です。


f:id:yuta7watanabe:20190709032617j:image

f:id:yuta7watanabe:20190709032624j:image

 

高速バスの良いところは、いくつもあります。

・高速道路を通る(ダカール近辺)

・クーラーが効いている

・足が伸ばせる(1人1人スペースが確保されている)

 

この特徴は、7プラス(セットプラス)という長距離タクシーの真逆です。

 


f:id:yuta7watanabe:20190709032703j:image

f:id:yuta7watanabe:20190709032710j:image

 

先日、デムディックの隣に座ったおばあさんと話をしました。

セネガルの人ではなさそうだったので、出身を聞きました。

 

ルクセンブルクという小さい国の出身です。」

とその方は答えました。

国の名前は聞いたことあるけど、それ以上の情報は思いつきませんでした。

「城がたくさんあるのよ。」

と写真を見せてくれました。

 

 両親は、フランス人とオランダ人と言いました。

ルクセンブルク語、フランス語、オランダ語、英語が話せて、セネガルには10年いるそうでした。

「ウォロフ語(セネガル)はちょっとだけね。」

と言っていました。

 

話を聞いていると、教育関係者でした。

3才〜11才の子供たちに直接教えたり、大人を対象に教えたりする、フランス式の教育を伝える仕事に携わっている方でした。

 

ダカールにあるという多国籍な子供が在籍する学校での写真をいくつか見せてもらいました。

どれも子供たちが楽しそうでした。

「これはデンマークの子が自分の国の文化を紹介しているところ。これは、インドの子。」

みんなが母国の国の文化を紹介する写真も見せてもらいました。

 

こんな教育方法を実践しているところがダカールにあるということを初めて知りました。

こんな風にまだ知らない国の人と話ができた楽しい時間でした。

そんな快適空間のデムディックに、はまりました。次、乗るときが楽しみです。

152 どろ

違和感を感じながら、目を覚ましました。

時間は朝の4時過ぎ。

違和感の正体は、音でした。

それは、雨の音です。

 

10月ぶりのまともな雨が降りました。

いつもならそのまま2度寝しますが、わざわざ起きて、窓の外を見ました。

 

それくらい久しぶりでした。

 

これから「雨季」が始まるという合図です。

季節の変化がはっきりとはなかった乾季は、時間の流れがゆっくりに感じました。

 

9ヶ月ぶりのまともな雨が、頭の中で違和感と感じて、目を覚まさせたのです。

20分くらい降って止みました。

ちょっぴりうれしい気持ちになれました。

 

 

最近、友達が、

「羊を2匹、どろぼうに盗られたんだ!」

と言ってきました。

聞いてみると、

「家の近所も合わせると、5匹盗まれたんだ。タバスキが近いからだよ。あ〜」

と嘆いていました。

yuta7watanabe.hatenablog.com

 

タバスキは、「羊」を神に捧げる祭りです。

 

セネガル人は、その祭りのために羊を用意します。

羊を大量に引き連れている商人がいて、

その人たちから羊を買います。

 

計画的な人は、子供の羊を買ってタバスキまで育てます。

 

祭りが近くなってくると、羊泥棒が増えるらしく、それで盗まれたというわけです。

 

前にその友達は、

「これ家の羊だよ。」と洗ったあとの真っ白い羊の写真を見せてくれました。

きっとその羊を大事にしていたはずです。

なんだか可哀想でした。

 

 

 

野生の猿をセネガルで初めて目撃しました。

猿は、東京都檜原村や長野県駒ヶ根市にもいましたが、顔つきが違っていました。


f:id:yuta7watanabe:20190704184332j:image

f:id:yuta7watanabe:20190704175950j:image

日本の猿のような赤ら顔でなくて、ライオンキングに出てくる感じのアフリカン猿でした。