自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

173 朝市

朝のマルシェ(市場)は、にぎわっています。

 

いつも、昼頃に行くと空いていて良いのです。

が、野菜は朝に良いものは既に売れていますので、残り物しかありません。

久しぶりの朝市では、人々の活気を感じました。

 

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人が溢れています。

買い物に来ている人は女性ばかりで、みんな大きいバケツを持参しています。

バケツに大量の野菜を入れていく「買い物カゴ」なんです。

 

野菜のほとんどはシートの上に山積みに置かれています。

人によっては、袋をくれますが、袋を置いていない店も多いです。

 

ビニール袋は、日本では見ないほど、薄くて破れやすいです。

よく作ったな!と感心するほど薄いです。

野菜を何個か入れると、すぐにちぎれます。

私もマイバッグ持参というスタイルを選んでいます。

 

私が買い物をしていると、セネガル人は質問をしてきます。

 「誰が料理するの?」

私「私が作るよ。」

 「セネガル料理作れるの?」

私「日本の料理を作るよ。」

 

男性(私)が料理をすることに驚く人がいます。

女性が調理するのが当たり前という社会です。

男性の隊員は、食事に招待された場合は待ち時間が多く、ゆっくり過ごすのが基本です。

女性の隊員は、調理の準備から手伝いをするということが多いです。

 

料理といえば、セネガル人は、セネガル料理のイメージしか持っていない人が多いです。

そのため、日本の料理というとどんなものか分からない人が多いです。

 


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朝の魚市場に初めて見学に行きました。

魚市場は狭い中にギュッとたくさんの魚を詰め込んだ場所で、人がとにかく密集していました。

朝にいくと、種類豊富な魚たちが置かれていました。

良いものは早い者勝ち、ということです。

 

マルシェは、私の家から2kmくらいの所にあります。

この2km離れたマルシェに行かないと野菜が買えません。

毎日必要な野菜を手に入れるための距離にしては、正直遠い距離です。

マルシェには、同じ野菜を売っている店が、同じ場所にずらーっと並んでいるので、

その中の1つが、私の家の近くで売ってくれたら、そこだけ繁盛するのになぁ。

 

そう思いながら、野菜を追い求めてマルシェへ通います。

172 ダカール大

セネガルの大学数は日本と比べてとても少なく、公共の大学は国内に数ヶ所しかありません。

私立の大学の多くは首都のダカールにあり、地方にはほとんどないのが現状です。

 

セネガルでトップクラスの大学と言われるのが、

ダカール大学シェー・アンタ・ジョップ」です。

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シェー・アンタ・ジョップとは、人の名前です。

セネガルの小さな村出身の男性で、アフリカ、アラブ、イスラム、ヨーロッパの文化に関する幅広い分野の発展に貢献した偉人だそうです。

 

セネガルに留まらず、アフリカの中でもトップクラスと言われている大学です。

国内に限らず、アフリカの各国から移り住んで、大学へ通う人も多いようです。

 

外側から見たことしかありませんでしたが、初めて内側に潜入することができました。

知り合いのつてで、コンゴ人の学生と話をすることになったので、校内を案内してもらいました。

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その方が普段活動をしている部屋があるというので、連れていってもらいました。

とっくに大学の外に出たんじゃないか、と思うくらい歩いたのですが、まだまだ大学の敷地内が続いていました。

 

その中には、学生が住んでいる大きな寮がいくつもありました。

寮の部屋数はとても多く、洗濯物が壁に吊るされたロープにぎっしり干されていて、アートになっていました。

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その方は、工学を専門としているそうで、今仲間で組み立てているという自主作製の「車」を見せてくれました。

 

部屋のホワイトボードには、理解不可能な暗号が書かれていました。

車を0から作っているところに感心。

楽しく学びを追究しているところがさすがです。


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ガゼルのロゴが入っていました!

 

 

しかし、それ以上にすごいと思ったことがあります。

それは、

 

コンゴ人の学生は、日本語がペラペラ】だったことです。

 

大学の入り口からずっと会話は日本語でした。

こちらが話しかける日本語をよく聞き取っていて、話す言葉は、つまることなく流暢でした。

 

どうやって覚えたのか聞いてみると、

「日本のアニメ好き」というのが大きく関わっていました。

かれこれ10年くらい見ているそうです。

 

彼は、私が知らない好きなアニメをいくつも挙げていました。

 

また、時代が昔の設定の作品を見るときが楽しいと言っていました。

どこに、楽しさを感じるのか聞くと、

「昔と今では、言葉づかいが違います。昔の言葉づかいを知ることは楽しく、そして、勉強になります。」

と言っていました。

 

そんな視点で作品を見ていることは衝撃でした。

とても知的で賢いコンゴ人の学生に刺激をもらって、ダカール大学のことをほんの少し知ることができました。

 

また訪れてみたいと思う場所でした。

171 バオバブ

部屋の中が暑くてじっとしていられず、衝動的に、伸びた髪を切ろうと思いました。

今まで一部しか切ったことのない髪を、後ろ髪まで切ってみました。

どんどん軽くなる髪が楽しく、調子よく切っていました。

 

その流れで、前髪をシャキと切り落としてしまいました。

前髪はなくなりましたが、すぐに、涼しいからいいや、と思いました。

 

涼しさ優先で生きています。

 

 

 

私が海外で働いてみたいと思ったきっかけは、5年前、久しぶりに行った海外旅行でした。

その旅行から帰ってから、「世界の絶景・秘境100」という本を買いました。

本に載っていた景色の1つに、アフリカの「バオバブ」の木がありました。

その頃、毎日、世界の絶景を写真で眺めていました。

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セネガルバオバブの木を見るまで、その本で見たバオバブの木のことはすっかり忘れていました。

 

セネガルには、バオバブの木がたくさんあります。

バオバブの実は、ジュースにして、よく売られています。

住んでいる人にも身近な存在です。

 

バオバブは幹が太く、力強く根を張って、どしっと構えています。

まさしく、自然の力強さを体現しています。

土地は乾燥して枯れていても、木の根はしっかりと自分を支えています。

 

アーティストが描く絵にバオバブが描かれていたり、企業のロゴとして描かれていたり、至るところで目にします。

 

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私が描いたガラス絵にも、バオバブを選びました。

yuta7watanabe.hatenablog.com

 

街中に生えているとてつもなく太いバオバブがあります。

道のど真ん中にもかかわらず、木はそのままです。

木がつくった日陰は、みんなのいこいの場になっています。

 

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何も語らない不動のバオバブを見て、私は、勝手に力をもらっています。

170 のろのろ

2ヶ月間、任地の街での「日本人1人だけ生活」期間が終わりました。

特に何があったっていうわけではないです。

日本人が1人だけっていうだけの話。

1人だけの生活は、それはそれで楽しいものでした。

 

先週、新しく2人隊員がやってきました。

これで、3人の日本人がこの街にいることになります。

 

隊員が帰る時、次に来る隊員のために家財を引き継ぐという慣例があります。

 

前に住んでいた隊員が残していった物は、私の家に一時的に置いてありました。

大きいものはマットレスや冷蔵庫、机、イス、小さいものだと食器などが引き継がれました。

 

前の前の隊員から、長い間引き継がれているものも中にはあります。

これからも引き継がれていくでしょう。

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新隊員の家へ家具を運びました。

一度に大量にタクシーに荷物を積みました。荷物は、はみ出まくり。

 

「ひもを持ってきてくれ。」

と言われたので持ってくると、マットレスをくるくる丸めてコンパクトにして積みました。

そして、1つのひもではみ出したものが落ちないように、固定しました。

何でもひもで固定しているので、ひもはこんなに万能だったかと思うほどセネガルでは活躍しています。

 

たくさんの家具が珍しくて、わぁあきゃあ言いながら、大量の荷物を積んだタクシーをバックに、運転手が写真を撮っていました。ひとしきりしたら飽きたようでした。

 

後ろに積んだ家具を落とさないように、ランニングと変わらない速度でのろのろっと進みました。

 

「引っ越しするのかい?」とか

「どこに行くんだい?」とか

通りがかった人が口々に自由なことを言いました。

 

荷物を運び終わって、

「このひもはどうするの?」と聞かれ、

「このひもはあげるよ。」と答えると、

とやたら嬉しそうでした。 やはり、ひもの地位は高いようです。

 

前の隊員から、新しい隊員へ家具がおさまり、新しい生活がスタートしました。

大量の家具が置かれていた私の家の一室はからっぽになりました。

掃除をして、きれいにして、私の部屋も気持ちを入れ替えました。

 

新隊員の方と、街の要所を周りました。

はじめは何も知らなかった街だけど、今では親しみがあって、馴染みのある場所だと感じました。

もっと色んな人と関わってみたいなぁと、ふんわりと思いました。

 

 

 

普段、少し遠いところまで行く時は、タクシーやバス、馬車で移動しています。

最近になって、見かけるようになった乗り物があります。

その乗り物が、たまたま前を通りかかりました。

そして、ちょうど目の前で止まりました。

これは乗るしかありません。

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「トリスィクルだよ。」と教えてもらいました。

 

料金はお手頃な200フラン(40円)。

おもちゃみたいな見た目が気に入りました。

振動が少なくて乗り心地がよく、これから増えて欲しいと思いました。

 

よく見ると、バイクの後ろには、IndiaーSenegale の文字。

インドと協力した何かのプロジェクトみたいです。 

よく見ると、「MADE IN INDIA」のステッカーも貼ってあります。

 

国と国が関わって、こんな風に新しいものが入ってくるんだなぁと思いました。

 

文化は変化していきます。

169 手から離れるもの

最近、毎日、雨が降っています。

 

洗濯物を干すタイミングが難しい。

晴れ→ゲリラ豪雨のパターン、が多いから先が読めません。

 

去年からの心の変化。

 

去年:今干したばっかりなのに、雨が降って来たわぁ!

           仕方ない、取りこむか。

 

今 :今干したばっかりなのに、雨が降って来たわぁ!

   干しときゃ、いつか乾くでしょ!

 

先が読めないなら、自分が好きなタイミングで洗濯するだけです。

 

取りこむのが面倒、じゃなくて、

部屋干しした後の「生乾き」のにおいがきつい、と理由が勝ちます。

 

それなら、雨に濡れた後に乾いた方がまし、という判断です。

 

 

 

さて、私が通っている養成校は、毎日、先生になるための学生が通っています。

学生だけで、300人います。

 

今年に入ってから、学校の中にゴミ箱が設置されました。

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前は、1コだけ置いてありました。

 

今は、10コ以上設置されました。

(どんだけ増やすんだ)と思いましたが、(少ないよりいいか)と思いました。

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セネガルでは、ゴミはその場で捨てるという常識があります。

この国では、常識といえるレベルでしょう。

 

私「このゴミ、どこに捨てればいい?」

セネガル人「そこ。(地面を指差す)」

私「・・・。」

 

生活を一緒にしていると、「ごみは手から離れるもの」に見えてきます。

 

お菓子のプラスチックの袋は、中身がなくなった瞬間に手から離れています。

飲み終わった空き缶は、歩く手の動きに合わせて手から離れ、空中を舞います。

堅めの厚い紙は、子供が手遊びでちぎり、細かくなって、飽きたら、手から離れます。

 

見ていると、捨てているという感覚はないのです。

手から離れる、という感覚に見えるのです。

 

タクシーに乗っていれば、窓から外へ出されます。

大きいバスに乗っていれば、床に放置します。

 

では、ゴミ箱が設置された養成校ではどうか?

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正解は「ゴミ箱が目の前にあるのに、半分くらいの人は、関係なく地面に捨てる」です。

 

ゴミ箱の周りに、コーヒーを飲んだ後のプラスチックカップや空き缶が散らかっています。

 

ピンポイントで目の前に現れたら入れる、くらいの感覚だと思います。

 

 

前に、小学校の授業で先生が、

「ゴミをその辺に捨てるのは、いいことでしょうか?いいえ、ゴミはゴミ箱に捨てるのが正しいです。」と子供に教えていました。

 

しかし、小学校の先生だろうと、お菓子の袋は校庭にポイポイ捨てています。

守ることができていない人が教えることに、説得力はありません。

 

「ゴミ箱が設置されて環境が変わった」けど、

「〜だから、ゴミ箱に捨てましょう」という教育がなされなければ、効果は薄いことが、毎日の様子を見ていて分かります。

 

ここは、焼却炉が1つもない街。

集められたゴミの行き先は、結局、ゴミが集められている場所です。

 

その中で、ゴミ箱に捨てることが大事だよね、と共通認識をもつことはできるのか、答えは出ません。