自分道じぶんどう

アフリカは、セネガル。青年海外協力隊。

229 セネガル

今日が青年海外協力隊の任期、最終日です。 このブログも最終。

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小学校の校庭、子供たち。

 

6月に入ってから、東京都のとある小学校の子供たちと一緒にテレビ電話で授業をしました。

5年生がセネガルについてのインタビューをして、私が答えるという授業でした。

 

子供から私へ質問。

 

「ウォロフ語(セネガルの現地語)で、こんにちは。はなんと言いますか。」

「ウォロフ語で、好きな言葉はなんですか。」

「動物の名前で面白い響きの言葉はありましたか。」

などが続きました。

 

こんにちは。は、「アッサラーマライクム。」

好きな言葉は、「ジャンマレック。」=平和だけさ。という意味。

動物の名前は、、

(ひつじは、なんて言うんだっけ?)

すぐに言葉が頭に出てきませんでした。

フランス語ではムトン、ウォロフ語では…

 

後で、(ひつじはウォロフ語でハル、だ。)と思い出しましたが、時間がかかりました。 

 

毎日、道端で遭遇したヤギ、ひつじ、ブタ、うし、ロバ、うま。

それぞれにフランス語の呼び名と、ウォロフ語の呼び名があって、

パッと呼ぶことができた名前が、ぼんやりした記憶になっていることに気付きました。

 

覚えていたものが、だんだんぼんやりしてくる。

記憶は薄れる。なくなることもあります。

 

セネガルの首都から離れた地方で、1人暮らし。

言葉が通じなくて、セネガル人から敬遠されることがありました。

「なんだ言葉、ぜんぜん分かってないじゃん。」みたいに。

 

色んな人に話しかけ続けていると、私のことを受け入れてくれる人たちがいました。

 

その人たちは、私の言おうとすることを、(こういうことを言いたいんじゃないか。)と考えながら耳を傾けてくれました。

そして、「こうやって言うんだよ。」と言葉を教えてくれました。

 

その人たちは、私のしようとすることを、一緒に手伝って、助けてくれました。

 

細かい記憶はなくなっても、私がもがいているとき、手を差し伸べてくれたことは忘れられません。

 

私が残したい記憶は、手を差し伸べてくれた人たちの姿です。

 

見た目、言葉、宗教、諸々違くとも、それらを越えて、分かり合える部分があることを

忘れない。

 

 

セネガルにふれて考えたこと」をブログに書いてきました。

発見があったとき、セネガルが自分の中で広がっていきました。 

発信したことが、読んでくれた人に少しでも伝わったなら、万歳です。

読んでもらい、ありがとうございました。 

 

セネガルにはもう1回行きます。きっとタイミングが来るでしょう。

 

生きて帰ってきた自分に珍しく「おつかれさん」と労をねぎらって、活動をしめくくります。

私がこれから「すること」が、人のためになる、価値のあるものになればいいと思っています。 

 

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任地をはなれるとき。3月。近所のタクシーの運ちゃん、めし屋のおばちゃん。

 

 

 

セネガル行って、価値観変わった?」

 

 今の答え。

 

「価値観が増えたよ。」